阿古真理 作家・生活史研究家
料理はできたほうがいい
でも、何でも上手に作る必要はないんです
料理が完璧にできないことにコンプレックスをもつ女性は多い。でも「家事はできる範囲でやればいい」と阿古さんは言う。
肩の力を抜いて、毎日を楽しく暮らすためのヒントを教えてもらった。
Profile
あこ・まり/兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学で主に社会学を学んだ後、コピーライターとして広告制作会社に勤務。その後フリーとなり、1999 年より東京に拠点を移し、週刊誌でルポやインタビュー記事を担当するようになる。食を中心に暮らし全般、女性の生き方、写真など、文化をテーマに、雑誌、書籍その他でルポや論考を執筆。2018 年から「新しいカテイカ研究会」メンバーとしても活動中。https://note.mu/acomari
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がんばりすぎてない?
ひとり暮らしのときは料理が好きだったし、友達を呼んで持ち寄りパーティをするのも楽しかった。それなのに、結婚したら、料理はしなくちゃいけないものに変わり、つらく思うことが増えたと阿古さんは振り返る。「もう20年近く前、結婚したばかりのころの話ですが、いい奥さんにならなくちゃ、という〝呪い〞にかかっていたんです」
学生時代から男女は平等であるべきだと考え、結婚前から夫とはよく話し合って家事を分担し、料理も交代で作るようにしていたのに、実は自分の中に「こうあるべき」という理想の奥さん像があって、そうではない自分を責めていた阿古さん。
「あるとき、私は私自身でしかないと気がつきました。それでだんだん楽になり、自由になって今に至ります(笑)。わが家は料理を作る頻度が少なかったこともあり、段どりよく料理できるようになるまでに10年もかかりました。でも、料理は慣れです。完璧にやろうと思って挫折(ざせつ)するくらいだったら、手を抜いたり、さぼったりしながらでも10年続けたほうがいいと思うんです。自分で言うのもナンですが、ベテランになってみると料理ってこんなにかんたんだったのかって気がつくところがあるんですよ。たとえば経験の少ないころは、いっぺんに栄養をとろうと思って、炒めものに食材を4種も5種も使っていました。でも、火の通り方がそれぞれ違うので、うまくいきません。ところが、ふと思いついて1〜2種類ずつの材料で2品作ったら、そのほうが早いし、おいしい。しかも品数も増えるんですよ」
自分に合った暮らし方でいい
そもそも阿古さんが、日本人の食の背景を追いかけ、丹念に取材し、執筆活動を行うようになったのは「料理をしない女性」や「子どもの孤食」等々、日本の食の崩壊が叫ばれるようになったころのこと。
「これから日本人の食卓はどこへ向かっていくのか、本当に崩壊しているのか、日本人の食の歴史や背景を調べてみようと思ったんです」
まず自身の母に取材し、祖母から自分まで3世代の食の変化をていねいに追いかけた。さらに、世間一般ではどうだったのかを知るために『きょうの料理』『主婦の友』『オレンジページ』など、料理メディアが食卓をどう紹介してきたのか、また、時代を反映したドラマや漫画などで、どんな食卓が描かれてきたのかを調べていった。
「それでわかってきたんですが、料理ができないことにコンプレックスを感じる人が多いのは、昭和のいちばん理想的な専業主婦のやり方と自分とを比較してしまうからなんです。結婚したころの私の中にあった罪悪感もそれでした」
高度経済成長を経て、台所環境が改善され、電化製品も整い、主婦に時間の余裕ができた時代。暮らしは豊かになり、一汁一菜だった食卓が、一汁二菜から三菜へ変化し、日替わりの手のこんだ献立が並ぶようになった。そのころと、女性の多くがフルタイムで働き、家事に子育てに奮闘する今とでは事情が違う。忙しいときには外食や中食(なかしょく)、加工食品などの新しい時代の知恵も使いつつ、少し手のこんだものを作る余裕のあるときは、ちょっぴりがんばって家族や仲間たちと楽しい時間を過ごせばいい。
「料理はもちろん、買物ひとつにしても『食』って、とてもクリエイティブな作業です。だから、休み休みでも飛び飛びでも続けていったら、自分の中に自分を支えてくれる土台みたいなものができる。10年20年家庭でごはんを作ってきた、家族がおなかをすかせずに暮らしてきたとしたら、それだけでもう、その人はすごいんですよ」
その日の気分や体調で食べたいものが作れる幸せ
家庭料理の醍醐味ですよね
料理とは、人生を豊かにしてくれる手段のひとつ。それを学んでいる人は、つまりすばらしいポテンシャルを秘めている人。「自分でも会心の出来だと思えるごはんができて、『やった!』と思ったときは幸せなはずだし、おいしかったら『おいしい』と思うことが幸せ。だれかがおいしそうな顔をして食べてくれたらそれも幸せです。ささやかな日々の生活のなかに、たくさんの幸せがあるはずなんです」
今年になって、阿古さんはスープ作家の有賀薫さんとレシピ文化研究家の伊藤尚子さん、編集者の井本千佳さんと「新しいカテイカ研究会」を立ち上げた。「料理にしろ、掃除にしろ、家事を大変だと感じている人が、どうしたら肩の荷を下ろして、自分らしく豊かに暮らせるのか。皆さんとひとつずつ、一緒に考えていければと思っています」
撮影/ノザワヒロミチ 文/長井亜弓
※当ページのコンテンツは、ベターホームのお料理教室の受講生の方のための会報誌「Betterhome Journal」2018年12月号掲載の内容を、Web記事として再掲したものです。
2018年11月創刊!「Betterhome Journal」
「月刊ベターホーム」が 2018年11月号より、 ベターホームのお料理教室の受講生向け会報誌にリニューアル︕ 「おいしいって、しあわせなこと。」をキャッチフレーズに、 料理レシピや食についての情報を掲載しています。