あの人に会いたい

門倉多仁亜 料理研究家

家庭料理の献立は毎日同じだっていい。具材を変えるだけで無限に応用できます
父は日本人で母はドイツ人。双方の国で育ち、現在はドイツの流儀をとり入れて日本で生活する料理研究家の門倉多仁亜さん。日々の暮らしは、シンプルで心地いい。毎日の台所しごとに振り回されず、豊かに暮らすためのコツを教えてもらった。

Profile
かどくら・たにあ/料理研究家。日本人の父とドイツ人の母のもとに生まれ、日本、ドイツ、アメリカで育つ。大学卒業後、証券会社に勤務。結婚後、夫の留学のためにロンドンへ。帰国後、東京で料理教室を開始。2009年に夫の実家、鹿児島に家を建て、東京と鹿児島を行き来する生活を楽しむかたわら、ドイツの食や生活文化を発信している。http://www.tania.jp/
※外部のウェブサイトにつながります

自分で決めるドイツ人とみんなに合わせる日本人
「真面目で勤勉で時間に正確。日本人とドイツ人の国民性は、よく似ていると思います。ただ、大きな違いは、ドイツ人は自分の中に、〝私はこうしたい〞という基準があること。幼いころから〝あなたはどうしたいの?〞と言われて育つので、自分のスタイルがはっきりしていて、外からの情報に振り回されずに済むんです」

日本人は周囲との調和を大切にするため、気にするのは〝みんなはどうしているか〞。基準が自分の外にあるので、テレビや雑誌で紹介される人気食材が気になったり、日々の献立は一汁三菜がよいという教えにとらわれすぎたり。一方で、忙しい日々に流され、できない自分に罪悪感を抱き、それでクタクタになったりすることも。

「とくに日本人は、食にこだわりますよね。でも、一週間トータルでバランスよく栄養がとれていて、家族が健康においしく食べていればいいのだし、笑顔で食卓を囲むことが何より。頑張りすぎなくていい。自分の中にゆるやかなルールがあると、暮らしはぐんと楽になりますよ」

レシピなしで作れる料理が2、3品あれば大丈夫!覚えるまでくり返し作ればアレンジ上手になりますよ
料理が好きならどんどん挑戦すればいいし、苦手だと思うならいろいろ作らなくていい。レシピを見ないで作れる料理を2、3品覚え、「ブレずにそれだけ作ろうとルールを決めてしまっては?」と門倉さんは言う。
「くり返し作っているうちに、応用もできるようになるし、調味料を変えたり、具材を旬の食材にしたりすることで、レパートリーも広がります」

しょうゆと甘みは1対1 酢と油は1対3
門倉さんが育った家庭では洋食が中心だったため、結婚後、日本人の夫が求める和食はとても難しいものに感じられた。だしのとりかた、包丁づかい等々、あまりにも決まりごとが多かったからだ。ところが、料理上手な夫の母と一緒に台所に立って驚いたのは、いりこでかんたんにだしをとり、調味料も目分量で適当だったこと。途中で味見をしながら、甘みがたりなければザラメやみりん、味がうすければ塩やしょうゆを加えればいいだけ。ふだんの料理は難しく考えなくていい。それは和食も洋食も同じだとわかったら肩の力がすっと抜けて楽になった。

さらに観察を続けると、和食の煮ものはしょうゆと甘みの割合が1対1ぐらいだということもわかった。それはレシピ本を見ても同様で、魚の照り焼きも肉じゃがもしょうゆと甘みの割合はほぼ一定。味の濃さは水分量で調節すればいい。

基本の調味料の割合を覚えてしまうと、応用がかんたんなのは日本もドイツも同じ。たとえば、実母から教えてもらったドレッシングの酢と油の配合は1対3。酢をレモン汁にしたり、油をごま油やオリーブ油に変えるだけで、違う味ができあがる。
「酢と油以外の調味料を使うときはほんの少量加えます。ハーブで香りづけをしたり、甘みを加えたり、アレンジは自由自在。旬の野菜を意識すれば、夏のサラダ、冬のサラダのバラエティだって、手軽に楽しめますよ」

「食」にまつわる思い出は一生つづく宝物
門倉さんが料理研究家として最初に開いた料理教室は本格的な洋食。夫の留学に伴ってロンドンにわたり、料理学校の名門「ル・コルドン・ブルー」で製菓と料理の両方を修了しないと授与されない「グラン・ディプロム」という学位を取得している。
しかし現在、料理教室で教えるのは、定番のドイツ家庭料理だ。「以前担当していたNHK のドイツ語講座で紹介したドイツ料理の話が好評で、すごく反響があったんです。地味なドイツ料理に興味をもつ人がいるなんて意外でした」

ドイツで暮らした少女時代、ダイニングテーブルの横で祖母と一緒に山盛りのいんげんの筋をとりながら、学校の話を聞いてもらうひととき、土曜日になると作ってくれたレンズ豆のスープ。門倉さんを料理の道に導いた根底にあるのは、習うともなく覚えた祖母の料理と、一緒にキッチンに立った思い出だ。
「これからも、特別な料理ではなく、日々の生活に根差した肩肘はらない家庭料理を、身近な旬の材料に寄り添いながら、日本の皆さんにも伝えていけたらと思います」

知人にもらった和だんすの引き出しに仕切りをつけて、グラスの収納スペースに。数と定位置を決めるのもすっきり暮らすコツ。
調味料も鍋類も必要最小限、使うものだけ厳選した小さなキッチン。中華は作らないと決め、大きな中華鍋はない。
シンプルな暮らし方が満載。近著は『タニアのドイツ流 心地いい暮らしの整理術』(知的生きかた文庫)。

撮影/ノザワヒロミチ 文/長井亜弓

※当ページのコンテンツは、ベターホームのお料理教室の受講生の方のための会報誌「Betterhome Journal」2019年9月号掲載の内容を、Web記事として再掲したものです。

ベターホームのお料理教室の受講生向け会報誌「Betterhome Journal」

「おいしいって、しあわせなこと。」をキャッチフレーズに、 料理レシピや食についての情報を掲載しています。2019年9月号の特集は「秋においしい魚を食べる」。食欲の秋、魚も脂がのりおいしい季節。身近な魚で、いろいろな料理に挑戦してみませんか。

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