前沢リカ 「七草」店主
温故知新から生まれるひと皿が新鮮。「くだものの白あえっておいしいんですよ」
「野菜と豆と乾物」が主役の和食店「七草」。移りゆく季節をひと皿にとじこめた滋味深い味わいと、個性的なとり合わせで訪れる者を魅了する前沢さんに、和食の魅力について聞いた。
Profile
まえざわ・りか/東京・富ヶ谷「七草」店主。会社勤務を経て料理の道を志し、野菜料理店と老舗和食店で研鑽を積む。2003 年、旬の野菜と乾物を主役にした和食料理の店「七草」を開店。料理教室・レシピ執筆・料理監修などでも活躍し、ベターホームでも「季節を愉しむ七草の会」を担当(次回11月開講)。『うちの乾物料理』など和食に関する著書多数。http://nana-kusa.net/ ※外部のウェブサイトにつながります
肉や魚介は引き立て役、野菜の滋味がうれしい
「七草」の献立は、「すりながし」から始まる。野菜の甘みが広がる和風ポタージュでほっとひと息。おなかの準備が整ったところで、前菜、煮びたし、炊きものと、旬の野菜料理が手を替え品を替えて5、6品続き、最後にご飯もの、甘味で締めくくる。ここでは肉や魚介はあくまでも野菜の引き立て役。コースのメインとなる「豚ばら肉と大豆のみそ炊き」でも、口の中でとろける豚ばら肉は、ほくほく炊かれた大豆の相棒なのだ。「16年前のオープン時には、アラカルトもあったのですが、例えば秋に『いちじくの白あえ』をメニューに書いても、『いちじくってデザートでしょう?』となって頼んでもらえない。だったら、おまかせ献立のコースだけにして、私が食べていただきたいと思う料理をお出ししようと決めたんです」
春には「新にんじん、新たまねぎ、パプリカのすりながし」、初夏には「ほおずきの白あえ」など、見た目にも美しく、とり合わせの妙が楽しい前沢さんの和食。ていねいに素材と向き合い、旬の味を引き出す腕前が評価され、2018年にはミシュランの一つ星を獲得した。
イギリスでの経験が和食を見直すきっかけに
子どものころから台所に立つのが好きだったという前沢さん。会社勤めを経てしばらく暮らしたイギリス滞在中も、ハーブやスパイス使いのおもしろさと出会い、夢中になって料理をしていた。イギリスのスーパーには、ベークドポテト用、マッシュポテト用、ローストポテト用と、さまざまな品種のじゃがいもが用途に応じて並んでいて、「さすがじゃがいも大国だと感心しました。冬には店頭にオレンジが並び、ママレード作りのシーズンが到来します。そんなとき、梅雨どきに始まる日本の梅仕事を思い出したりして、その国ごとに文化と食生活に根ざした歳時記があるんだということを、改めて感じました。日本に戻って料理の仕事を始めるのなら、迷うことなく『和食』。私にはそれが自然なことでした」。
茨城で鰻屋を営んでいた家に生まれ育ち、日々の食事は昭和一桁生まれの母が作る和食が中心。洒落た料理はない代わり、地元の野菜や乾物を使った体に馴染む味。それが前沢さんの和食のルーツだ。旬の野菜のおいしさや乾物の滋味豊かな味わいをもっと掘り下げたいと思い、あえて「野菜と豆と乾物」を掲げた店をオープンさせた。
料理を読むおもしろさも和食への入口
日々の暮らしに根ざした家庭料理ともうひとつ、前沢さんには和食への入口がある。それは友人から教わった「料理を読む」楽しさだ。わかりやすい例えでいえば、池波正太郎さんの本の中に出てくる料理を読んで想像するおもしろさ。江戸時代の料理本の現代語訳を読んだときは、黒こしょうを使った料理があったことを知り、衝撃を受けた。
「へえ、もうスパイス使ってたんだ。え?いちじくの田楽ってどういうこと!などなど、おどろきの連続です。今の私の和食は、その延長線上にあるので、実は『斬新な創作料理』というより、18世紀末の料理がヒント。温故知新な和食なんですよ」
和食に軸足をおきつつも、ハーブやスパイスなど、和の食材以外のものもさりげなくとり入れて、前沢さんならではの味を作り出しているのだ。「和食を作るのはハードルが高いと思う方もいらっしゃいますが、もっと気楽でいいんですよ」
だしをとるのがおっくうなら、だしパックを使えばいいし、ドレッシングを作る感覚で酢とみそと甘味をまぜて、旬の野菜とからめれば酢みそあえのできあがり。レモン果汁を使う代わりに、秋なら出盛りのすだちやかぼすをしぼるだけで、食卓に日本的な香りが立つ。
「和食には日本人の体にきざまれた季節の記憶がありますよね。だから気持ちも整うし、ほっとするんだと思うんです」
七草
東京都渋谷区富ヶ谷2-22-5
TEL : 03-3460-7793
17時~22時、日・月定休
おまかせの献立 6,000円+税(予約)
http://nana-kusa.net/
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※表示の情報は掲載日時点の情報です。掲載した時点以降に変更される場合もありますので、あらかじめご了承ください。
撮影/ノザワヒロミチ 文/長井亜弓
※当ページのコンテンツは、ベターホームのお料理教室の受講生の方のための会報誌「Betterhome Journal」2019年10月号掲載の内容を、Web記事として再掲したものです。
ベターホームのお料理教室の受講生向け会報誌「Betterhome Journal」
「おいしいって、しあわせなこと。」をキャッチフレーズに、 料理レシピや食についての情報を掲載しています。2019年10月号の特集は「やさしい台湾ごはん」。日本で手に入りやすい材料を使って、手軽に作れるレシピを紹介します。