芳野 まい フランス文化研究者
食事の時間に皆で会話を楽しむのは、何にも代え難い心の栄養だと思います
東京大学在学中にフランス政府給費留学生として渡仏して約10年。通訳や翻訳の仕事もこなしながら、博士課程を修了し、生のフランス文化を吸収して帰国。
現在、大学で教壇に立つかたわら、ファッションや食について発信を続ける芳野さんに、フランスのリアルな食生活を聞いた。
Profile
よしの・まい/フランス文化研究者。東京成徳大学経営学部(ファッションビジネス)准教授。一般財団法人セゾン現代美術館理事。フランスチーズ鑑評騎士の会オフィシエ・理事。中学生の時に、20世紀初頭のフランスの作家マルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』を読んで魅了され、フランス文化の研究者に。ファッションや食に関する発信も精力的に行っている。
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フランス料理は芸術 味わう意味が違う
「フランス人にとって、食事というのは大切な社交の場です。週に一度は友人知人を自宅のディナーに招いたり招かれたりして、夜の8時半から0時半までの間、食事をしながらコミュニケーションを楽しむんですよ」
会話が弾むように招く人の顔ぶれを考えたり、席順を考えたりするのも重要なポイント。大人が楽しむ時間なので、子どもは同席できない。お客様が到着する前にキッチンでささっとかんたんに夕食を済ませ、寝室に追いやられるのだ。中学生か高校生ぐらいになってようやく同席を許され、大人の社交術を少しずつ学んでいくのだという。
「料理が好きな人ももちろんいますが、料理の上手下手を気にする人はいないですよ。前菜、サラダ、メイン、デザートといったコースの要素さえそろっていれば、買ってきたものを温めるだけだって構わないんです」
フランスといえば、フランス料理に象徴される美食の国。さぞグルメなエピソードがうかがえるのではと思いきや、料理の味よりもコミュニケーションを重んじるとは意外だった。
「フランス料理はフランスが誇る芸術文化。料理のおいしさだけでなく、ワインリストの充実ぶりとか、給仕の人のサービスが神業的だとか、そういうすべてを総合したアートなんです。フランス人が三つ星レストランのようなところに行くのは年に1、2回程度。アートに参加するのですから気合を入れてドレスアップをしますし、食事は絶対に残しません。その代わり前の日は食事を控えたり、翌日は紅茶だけで過ごすようにしたりしてバランスをとるんですよ」
一方、ふだんの食事はいたってシンプル。働く女性が多いので、平日夜の食事は肉を焼くだけ、惣菜を温めるだけといったかんたんなもので済ませる。手を抜くときは徹底的に抜き、余裕があるときに少し頑張ればいいと聞き、肩の力が抜ける思いがした。そうか、いつも頑張らなくていいんだ。
食べることよりも交流を重んじる文化
さらに、フランスの食文化を象徴する例として芳野さんが話してくれたのは、南極基地でのフランス隊のエピソード。フランス以外の基地はバイキング形式で各人が思い思いに食事をとるのだが、フランス基地では毎日交代で2人が給仕役を務め、全員がテーブルについてきっちりサーブしてもらいながら、皆で食事を楽しむという。
「わいわいしゃべる時間が大切なので、あまりおなかが空いていなくても、朝昼晩必ずテーブルに集まるんですよ」
場所柄、食材は長期保存のきく冷凍ものがほとんどだが、食事の時間を楽しく演出することで、雪と氷に閉ざされて滅入った気分も癒やされる。個食を避けることは生存確認にもつながり、毎日顔を合わせることで互いの体調の変化に気づくこともできるだろう。
「目に見えない価値を大切にする、これこそフランス文化のいいところです。栄養も大切ですが、人と会話することこそが、長生きする秘訣のような気がしませんか?」
気軽に交流を楽しむ アペリティフのすすめ
誰かと囲む食事は確かに楽しい。でも、何時間もかけてゆったり会話を楽しむ習慣のない日本人にとって、ディナーの席はハードルが高い。だったらもう少し気軽な社交の場 “アペリティフ” でコミュニケーションを楽しんでは?と話す芳野さん。
直訳すると「食前酒」だが、フランスでは、ディナーの前に軽い飲み物とおつまみで会話に興じるひとときのことを指す。ディナーが午後8時半から始まるのに対して、アペリティフなら午後6時ごろからの小一時間ほど。定時に仕事を終わらせてアペリティフを楽しみ、時間が来たらぱっと終了。これなら、忙しい人でもちょこっと顔を出しやすいし、終電を気にしながら延々とつきあう心配もない。
「軽い飲み物とおつまみ程度で、料理に凝る必要はまったくないんです。フランス人を見習って、無駄に見栄を張らないことも大事。最初は気の合う数人で集まったり、テーマを決めて情報交換してみたり、軽くつまみながらわいわいと、大人の時間を楽しんでもらえたら。互いに笑い合う時間が、きっと心の栄養になると思いますよ」
撮影/ノザワヒロミチ 文/長井亜弓
※当ページのコンテンツは、ベターホームのお料理教室の受講生の方のための会報誌「Betterhome Journal」2019年6月号掲載の内容を、Web記事として再掲したものです。
ベターホームのお料理教室の受講生向け会報誌「Betterhome Journal」
「おいしいって、しあわせなこと。」をキャッチフレーズに、 料理レシピや食についての情報を掲載しています。2019年6月号の特集は「夏野菜で作る10分レシピ」。きゅうり、トマト、なすを使った手軽でおいしいレシピを紹介しています。